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2008/05/10
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (4:59 am)







連休はどこにも出かけない予定だった。連休ギリギリ最後の6日に、今井館長さんから『花でも見に行かない?』とのお誘い。は〜い!お寝坊の私に合わせて下さり、午後だいぶん過ぎてから出かけた。
行き先は三隅神社のツツジ祭り。子どもの頃に一度行ったきりだ。何となく記憶がある。着いてみると、ツツジは確かに綺麗。子どものころよりもスケールは大きくなっているはずなのに、あれ?このくらいだっけ?と思った。子どもの目にはとてつもなく広いところを歩いた気がしたのだろう。

うん、見た見た。綺麗だったね。さてどこかでお茶でも飲みましょう。
これが嬉しいのだ。

何年か前、館長さんと一緒に上京した時も『ちょっと休憩しよ』が楽しかった。どこでもいいわけではなくて、何かしら参考になるところを探すのだ。ホテルのロビーなどのディスプレイも見逃さない。常に美術館のことが心にあってアンテナをしっかり立てておられると感じる。

でも決して飾り立てることはなくて、美術館は絵が主役だからと、極力ディスプレイはシンプルだ。自宅もそう。
夏だった。水を打って涼しくしてある庭を通って玄関へ。玄関を入ると、何も飾っていない壁の間を長い廊下が奥に続く。その突き当たりに金魚の柄の暖簾がひとつ。ああ、涼しげ。夏の演出。あれは見事だった。何も置かない美。だからこその金魚の柄のインパクト。

なんとか模様替えできないかなあ?と我がアトリエを眺める。う〜ん、ま、いいか、これはこれでと模様替えはやめた(笑)

三隅神社の近くでは喫茶店を見つけられなくて浜田の喫茶店に寄った。そこに私のカレンダーがかけてあった。ウレシ〜!白玉だんごがとても美味しかった。そのあと、レストランに寄った。やさしく、ゆったりとした感じのご夫婦のお店だ。(ポポットハマーズ。小さなお鍋という意味。)
そこでもカレンダーの絵を額縁に入れて飾って下さっていた。
喫茶店でもレストランでも館長さんが私より先に気がついてお礼を言って下さっていた。何十年も前から私の絵を応援して下さる館長さんに、心の中で『いつまでものんびりでごめんなさい』とあやまった。
めぐみさんはそれでいいのよ、と言って下さるので、つい甘えてしまうのかな?

母が『こんなにぼやっとして、気が利かないヘンテコな娘を本当のところどう思って下さっているんだろうか』と心配している。
本当のところ、どうなの、館長さん?


2008/05/02
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (6:16 am)






5月の庭が大好き!
花ももちろんきれいだけれど、新緑の美しさと言ったら!胸のあたりがすぅーっとしてくる。母が畑にトマトやら茄子、きゅうりなどを植えたので早朝5時から水まき。私は長いホースを解く役目。ホースを解きながら庭を見る。大きなタイサンボクを剪定したものだから、その向こう側の牡丹桜がよく見えるようになった。やはりピンク色が見えるといいな。この前母屋の庭先に植えたハナミズキはピンク色のはずだったけれど、花が咲いてみると白だった。まあ、いいか、白も綺麗だからと思う。








何よりも夏みかんが食べごろ。あそこにもここにも配りたいと思うので、結構忙しい。うちの夏みかんはぎっしりと身がつまり、みずみずしい。特に人様に差し上げる時はおひさまに当たっているところのを選ぶ。今井館長さんは『なんとまあ、ものすご〜く美味しかったわよ』と言って、今井さんもまた美味しいものは人にも食べてもらいたいと思う方だから、それをまた人におすそわけ。結構藤屋の夏みかんは評判がいいのだ。毎日のように来て下さっている溝上のお兄ちゃんも大好物みたい。それにしても最近は良いものがあるのねえ。皮むき器。夏みかん2個くらいはそれがあればたちまち剥けるから、タッパーにそれを入れて居間のテーブルに置いておけば、いつのまにかぺろりと食べている。毎日夏みかんを食べていればきれいになるからと母が言う。ほんとうかいな?後半の夏みかんの皮で母はママレードを作ってくれるけれど、これが夏みかんの実も一緒に煮るからジューシーで美味しい。

そういえば、連休。連休に出かけたことがあったっけ?記憶にないなあ。変らず仕事をしているとなんだか損をしている気分だ。せめて母を近場の温泉にでも連れて行ってあげたいと思うけれど、母も畑が忙しくてそれどころではないと言うし。

というわけで、相変わらずアトリエにへばりついてまして。
夏みかんをとりにきた近所のおばあちゃんが母と話している声が聞こえてきた。
『めぐちゃんの部屋の明かりが夜中じゅう付いていると心強いよ。うちの息子がねえ、めぐちゃんは寝る間を惜しんで働いとるんよ。大変なんよ、と言うんよ』う〜ん、その分昼間に寝ているんだけどなあ、と照れ笑いをしながら聞いていた。

わすれな草が咲いたよ〜』と母の声。そう、大好きな花だ。鎌倉のお寺の池のそばに咲いていたのを見て、こんなにきれいな青があるのかと感激して以来、わすれな草のファンになった。『ねえ、あの時、きれいだったよねえ』と智子に言うと、『私はメグさんと鎌倉に行ったことはない』という。じゃあ、誰と一緒に?残念なことに男性とではないことは確かで、とにかく女性がそばにいた。ず〜っと気になっている。


2008/04/22
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (2:37 am)








久しぶりの眩しい朝陽に誘われて裏山に登った。あっ!テツのハナミズキが咲いてる!え?ハナミズキの花ってこんなに小さかったっけ?直径2センチほどの小さな花びらだ。まだ木が小さいからなのか、これから日ごとに大きくなるのか、よく分からない。え〜い、どっちでもいいや。思わず『テツ、頑張って咲かせたねえ』と声をかけた。今年はじめて咲いた花をじっと見つめる。色もいい赤色だし、かわいいし、ぎこちない咲き方がテツにそっくりだ。


ハナミズキの花が咲いたらテツから卒業しようと思っていた。けれど、や〜めた!自然に任せよう。それがいいや。来年はもっとたくさん花を咲かせてねと思いながら立ちあがると、3メートルくらい先にタケノコを見つけた。竹やぶがあるから、タケノコがニョッキと映えていても不思議はない。母が喜んで料理をするはず。父も好きだったなあ〜タケノコ。









新緑が眩しい。中でも私は柿の葉の新緑が好き。ひときわ透明感があり、美しいと思う。絵の具で言えば、ビビッドライムグリーンといったところ。
畑にも野菜の花が咲いている。もう畑はあきらめるつもりで睡蓮池を作ったんじゃなかった?
親しくしているSさんの夫は私と同級生でもあり、仕事のかたわら、マラソンランナーとしても活躍しているし、そのうえ畑で様々な野菜を作っている。いつか届けてくれた野菜があまりにも見事だったので、母の農業好きの虫が刺激されてしまったみたい。『今年は立派な野菜を作るぞ〜』なんて宣言しちゃってたから。トマト、茄子、キュウリの他に何を植えたのかな?



お天気の良さに浮かれて散歩を続けた。ムラサキサギゴケだと思うけど、それを踏まないよう気をつけながら歩く。お宮のそばで、野生の山ツツジ(三つ葉ツツジ)が咲いていた。大好きな花だ。そういえばここは、テツと一緒に散歩中、一匹で歩いていたどこかの大きな犬とバッタリ。その犬がいきなりテツの背中をがぶっと噛もうとしたから、咄嗟に『テツに何するのよ!』とその犬の首輪をつかんで二メートルくらいぶん投げてやった場所だ。怖かったあ〜。『テツが守ってくれなきゃいけないのに、どうして私がテツを守らなくちゃならないのよ』とモンクを言いながらテツを抱えて必死で逃げ帰ったところだ。あれからテツは二度とこの散歩コースを歩こうとしなかったっけ。


思い出話が多くなると年を取ったということらしいけど、いつか有名人の誰かが話していた。『父が脳溢血で入院したと聞き、すぐにかけつけました。意識がない中でも父はなんとも楽しそうに笑っていたんですよ。父の意識が戻ったとき、ずいぶん楽しそうに笑っていたよと話すと、ああ、昔惚れていた芸者の夢を見ていたんだよ、と父が言ったんです。このとき、人間は名誉やお金じゃなくて、いい思い出が一杯ある方が幸せに死ねるんだなと思いました』って。だからよく思い出すということは、それだけ思い出がたくさんあるというわけで、悪いことではないと思う。その点私はしあわせよね?(正直、たまには名誉もお金もほしいけれども〜。)散歩から帰ると、母が立てた珈琲の香ばしい匂いが立ちこめていた。しあわせ〜。

2008/04/14
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (5:16 am)
雨が続いた。畑の桜は残念にも余り付きが良くないまま、雨に濡れて、そのまま葉桜になった。それでも精一杯咲いてくれてありがとう、と思いながら外を見ていた。小雨になったので外に出て見ると、つぼみだった花々が一斉に咲いていた。
ほら、見て見て!って呼んでいる感じ。毎年何があってもちゃんと咲くお花さんたちはすごいなあ〜。何といっても畑に咲いているアザミが可愛い。西洋タンポポ、キンポウゲも。スノーボールは強い花だけれど、小雨降る時には一層白色がきれい。親指くらいの小さな原種のチューリップが咲いていて、思わず、きゃっ、かわいい〜と甲高い声を出してしまった。








庭石の下の方にはすみれ草。きれいだな。『メグミが普通の花がほどよくそこにあるのが好きだというから、そんな風にしたけど、どお?』 と後方から母がのぞいた。うんうん、ほどよく咲いているわあ〜などと言いながら、一緒に歩く。『この花はなんという花?』『う〜ん、なんだっけ?』『これは?』『思いだせないわぁ』二人とも花が大好きなクセして、ターシャ・テューダーにはほど遠いねえ、やっぱり。とにかくとにかく春がいっぱい!








今年こそお弁当を作ってお花見に行こうかと話していたのに、とうとう今年も実現出来なかった。ただ、母と二人で院展(今井美術館)へ向かいながら見た景色の見事だったことと言ったら!江の川沿いにいっぱい咲いていた菜の花。こぶし。山桜。ソメイヨシノ。黄色と白とピンクの三色が仲良く輝いていた。ため息が出るほどの美しさだった。おしゃべりな母がしゃべる暇がないほどの美しさだった。いいお花見が出来たねと言って、満足した。

今朝のことだった。何気なく裏山を見あげたら、山桜がこっちを向いていた。ここにいるわよ、私。今頃気がついたの?と言っているみたいに見下ろしていた。あんなに大きな山桜の木がうちの裏山にあるなんて知らなかった。ビックリ!見ているようで見ていないのねえ。人間の、というより私の観察力は大した事無いなあと、反省。

花粉症はないけれど、春はアレルギー気味で困る。目も鼻ものども何となく調子が悪いし、肌はかゆいし。それでもやっぱり春が好き。
あの人もこの人もみんないい笑顔になるのも春ならでは。








母が一日中庭にいる日が多くなった。で、ひざが痛いと言う。
それでも外の仕事が好きだというのだから、もうつべこべと言わないことにした。
母の日には早いけど、今日が母の日だと思ってハナミズキを買ってほしいというので、その弁論?に負けてプレゼントしたハナミズキがたくさん花芽をつけている。テツのところに植えたハナミズキも今年、やっと花を咲かせそう。私の気持は少し複雑だけれど、どうかきれいな花が咲きますように。





                

2008/04/03
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (7:15 am)







アトリエの玄関の戸にニスを塗った。内側は問題ないけれど、外側は風雨にさらされずいぶん白っぽくなっていたから。
ペンキ塗りよりニスを塗る方が難しい、ということを知らなかった。
で、失敗した。色が予想よりも濃くなりすぎてしまったうえにムラになってしまった。こういうの、絵を描く者の気質として気になるのでした。遂に仕事どころじゃなくなったので、対策を考えた。そうだ!このまえ横田さんから頂いたクジラの形をした木材で表札を作ろう。うちの表札は父の名前のままだし、アトリエくらい表札を作らなくっちゃね。ついでにムラが出来た位置に絵を描こう!と思いたった。るんるんるん♪
さっそくドアに取り付けた。う〜ん、なかなかかわいいじゃん!としばらく確認していた。そこに携帯が!こんなに朝早く誰?と思ったら相手は母だった。
『まだ起きているんかね?朝ご飯食べる?』呼びにくるのが面倒だと思った母が携帯を思いついたらしく。まだ惚けていないわと思い、安心した。

友達がよく『お母さんは元気?』と聞いてくれる。この前など、私の留守中に来てしまった同級生のジェントルマン?が庭にいた母とおしゃべりをして帰ったそうで、帰り際に『お母さん、ずっと元気でいなくちゃダメだよ』と何度も言ったらしい。『めぐみの友達はみんな、ほんとうにやさしいねえ』と母が言う。私も心からそう思う。

親友の智ちゃんはとうとう童画展に来れなかった。お互いにすごく楽しみにしていたけれど、彼女の身内の病状が悪化して、断念した。
智ちゃんは今、介護で奮闘している。いちどだけ彼女は電話口で号泣したけれど、その後は歯を食いしばって頑張っている。私にも何年も嵐吹きすさぶ時期があった。その頃、智子の存在がどんなに心強かったか分からない。遠く離れていても、心のありったけを吐き出せて、全てを受け止めてくれる存在は有難かった。今度は私が支えてあげようと思うけれど、いつまでたっても大人になれない自分を感じてしまう。こんな時にどうしてあげていいか分からないのだ。ただただ、祈ることしか。
畑の桜がまだちらほらとしか咲かない。今年は遅いなあと思う。
昔、東京の深大寺にある植物公園に彼女と行った。まずは深大寺のおそばやお団子が目的の私たちだったけれど、見事な桜並木の中をお互いに何を考えながら歩いたのだろう。あれから彼女は結婚し、私は故郷に帰った。
今度ふたりで桜を見るときは、どんな人生を歩いているのかな?

ずっといい友達でいたい。

さて、今日は今井美術館へ。院展の絵はやはり見応えがあり、もういちど見ておきたいという目的あるけれど、館長さんと月森さんの笑顔を見に行ってきま〜す。
2008/03/21
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (1:03 am)
畑のサクランボの花がパッと咲いた。コートが要らない春がすぐそこまで来ている。

2月の中旬のことだった。イギリスから手紙が届いた。以前に、このブログでも紹介した、ディー先生からだと思った。ここ1、2年、手紙を出しても返事が来なかったから、『よかった!ディー先生お元気だったんだ』と思い、ホッとしながら手紙を手に取った。が、それはディー先生の娘のギルさんとニックさんからだった。『父は数年前からパーキンソン病にかかり、とても悲しいことですが、もうあなたに手紙を書くことも出来ないほど衰弱してしまいました。』と書いてあった。私の父と同じ病気…。あの頃を思い出した。恰幅が良く、いつもお洒落で私の自慢だった父が少しづつ衰えていく姿をそばで見ていなければならない辛さ、切なさを。ギルさんたちも同じ辛さを味わっておられるはず…。

私の英語は下手なうえに、動揺して一向にお見舞い文が書けない。今回だけは英語が堪能なFさんに英訳してもらおうと、私の手紙文を送った。すぐに見事な英訳文が届いた。その手紙と以前に送った童画集を再び同封し、今年のカレンダーも入れてイギリスに送った。けれど、一週間前、ギルさんから知らせが届く。『めぐみさん。あなたの絵本やカレンダーを父に見せることが出来ませんでした。父は2月19日に亡くなりました。父は、あなたに特別な友情を抱いておりました。あなたの絵が届くたび大喜びで、カレンダーは1年が終わると私にプレゼントしてくれたので、私の仕事場(小児科病棟)に飾りました。子どもたちもあなたの絵を気に入ってとても喜びました。そして、あのような絵を描かれるあなたに大変な誇りを持っていました。私たちも同様です。これからも交際を続けましょう。いつかイギリスに来て下さい』と。

実際、3度しか会っていないディー先生なのに、悲しくて悲しくて仕方がなかった。1度目は私が27年前に、銀座で初個展をした時。当時、ケンブリッジ大学の学長として、講演会のために来日しておられた。その合間に銀座を散歩中、たまたま私の個展会場に入って来られたのだった。最終日に再び来られた時は通訳の女性と一緒だった。そして数年後には、来日していたディー先生とイギリス大使館でティーパーティーを楽しんだ。貴重な思い出…。私のつたない数行の手紙には、いつも絵本かカレンダーかを同封したけれど、そのたびに何枚もの便箋に、どれだけ感激したか、嬉しかったかということを書いて返信して下さるのだ。手紙を読むたびに、私はどんなに勇気づいたことだろう。
『こんな無名な絵描きを応援して下さって、うれしいです。』と言うと、『自分が好きだと思った絵を描く作家を応援するのは人間として当たり前です』とおっしゃった言葉が今も忘れられない。
こうして、優しく温かな心でそっと見守っていてくれた存在が次から次にいなくなっていく。強くなれと自分に言い聞かせても、胸が塞がってしまって苦しい。

ディー先生、ありがとうございました。どうぞやすらかに…。
ディー先生から教わった大切なことの数々。決して忘れません。
(写真はディー先生が晩年、娘のギルさんたちと暮らしていたDEVONという
地方。丘と港の美しさで有名なところだ。いつかお墓参りに行きたいと思う)
2008/03/10
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (6:26 am)
おひな様を飾った。
私が子どもの時に買ってもらった親王飾りだから、やはりレトロな感じがする。『どれがいい?』と母が選ばせてくれたのだけど、私は三段飾りより、五段飾りより、この御内裏さまとおひな様がいいと言ったのだけれど、冠や扇、刀などの小物の細工の凝りように今も感心して見てしまう。大人になっても未だにおひな様の冠をかぶせる時、ワクワクする。

おひな様を出そうと思った矢先に、大好きだった松江の伯母の訃報が届いた。去年何度も伯母と会っている。1年前に亡くなった伯父がさみしくて伯母を連れて行ってしまったのかな、と真っ先に思った。お葬式で伯母の遺影を見てもやはり実感が湧かないままだった。こうして、自分が子どもでいられる相手がいなくなっていく。辛い…。松江から帰ってから、待ちぼうけのおひな様を飾った。ひどく寂しい気持だった。でも伯母も見てくれているかな?







この頃は早朝6時には外が明るい。小鳥がいい声で鳴くものだから、その姿を確かめようと外に出てみた。あれ?鴨だ!近づくと飛び立ってしまうのでそっとアトリエに戻り、眺めていた。ニャオ、と今度はネコの鳴き声。見ると片耳を噛みちぎられたネコが私のほうを見ていた。可愛そうに、耳を噛みちぎられるなんて痛かっただろうに。ネコは池に行く予定があったのに、私が外に出たものだからベンチのところで固まっているらしかった。鴨がじっと池の中を覗き込んでいる。池を見ると赤色の集団が!小ブナだ。近所の人が小ブナを池に入れさせてねと数匹持って来られたのだけれど、知らないうちにずいぶん増えたみたいだ。池の様子を見ている鴨を、今度は別のネコが狙っている。『早く池に逃げ込みなさい』とハラハラして見守る。





















しだれ梅が咲いていた。桃のつぼみも今にも膨らみそうだし、もう一歩で春、という今が一番好き。まわりの小鳥や動物たちも嬉しそう。

先日は母校の江津中学校に行った。いつものように緊張して前の夜は眠れなかった。でも、何とか時間内に話し終えることが出来た。最後のお礼の挨拶に指名された男子が『佐々木さんは話が下手だとおっしゃいましたが、全然そんな事無かったです。佐々木さんのお話を聞いて、野球をもっと頑張ろうと思いましたし、今後の人生がとても楽しみになりました』と言ってくれたのですごく嬉しかった。

今後の人生が楽しみ。いい言葉だわ〜と私のほうが感激した。
彼らの今後の人生の長さに比べたら私の今後はその半分?いえいえ、長さはどうでもいいこと。私も今後の人生が楽しみだと思って生きていこう。生きているからこそ、辛いことも楽しいことも味わえるんだものね。いい言葉をプレゼントしてくれてありがとう!



2008/02/27
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (1:35 am)






早朝、手先足先がしびれる寒さ。もちろんストーブは使っているけれど、このアトリエの寒さは、なかなか厳しい。
昔、離れの二階をアトリエにして使っていた。10年前、所沢から江津に帰った時に、階下の納屋を改造して新しくアトリエを造った。あの時の父の嬉しそうな顔を今も忘れない。大工さんと念入りに打ち合わせをしていると、病身の父が度々様子を見に来た。足場の悪いところで、もしもつまづいて転んだらとハラハラして、しまいには父を怒ってしまう。それでも毎日楽しそうにやって来た。
アトリエが出来ると、どういうわけか父は余りアトリエに来なかった。気に入ったCDが手に入ると珈琲を入れて父を招待したけれど、そういうときだけだった。遠慮していたのかな?庭続きのアトリエに私がいるというだけで安心していたのかもしれない。
10年も経つと結構年季が入って来るもんだわとため息まじりに天井を眺める。思い立って窓を磨いた。外を見ると、あれれ、池に薄い氷が張っているじゃないの。寒いはずだわ〜。


震える寒さに負けず、桃の木や梅の木にいっぱい小鳥たちがいたのでご挨拶に外に出てみた。水仙の花のオフホワイトと、夏みかん、ロウバイの黄色とセンリョウの赤が庭のヒロイン。母が『テッちゃんが待っとるのにお墓に行ってやらんの?』と言うので、久しぶりにテツのお墓にも行ってみたら、ハナミズキの木の芽が去年よりも力強く出ていたので嬉しかった。テツのところからアトリエを眺める。そして父のところからアトリエを眺める。よく見えるわ、と確かめては安心する。しつこいほど確かめてしまう。

アトリエに戻り、あと一時間ほど描きかけの絵を描こうと机に座った。

描きかけの絵は『職場の教養』(倫理研究所発行)という冊子の中の『江戸しぐさ』という文の挿絵だ。一色の線描きだし、しかも時代物。正直なところ、全く自信がなかった。でも最近は楽しみに文章を待つようになった。江戸しぐさは今注目されているけれど、読んでいてなるほどと感心することばかりだから。










例えば、時間泥棒をしない(人の時間を無断で取らない)。人を見たら仏の化身と思え。人を身なりで判断しない(身分を質問しない)。威張る人が一番軽蔑される。お金や身分に屈しない江戸小町。雨の日、狭い道ですれ違うときは、相手が濡れないようにお互いの傘を少し傾ける『傘かしげ』。美しいしぐさだ。例えば船など混み合った場所に人が入って来たら、拳ほど腰を浮かせて横にずれて座らせてあげる。人とすれ違うときは、挨拶の優しい目線を送る。今回の挿絵は人に足を踏まれても『こちらこそうっかりしていました』と謝る『うかつあやまり』。
これが守れたら本当にいい世の中になるよね、といつも思う。そういえば、昔、テツと『よ〜いドン!ゲーム』をして遊んでいて、テツに右手小指を噛まれ大怪我をしたことがある。

病院から帰るとテツが私の足にすり寄り、ごめんねと泣きそうな顔をして私を見つめた。『テツが悪いんじゃないんよ。姉ちゃんがよそ見していたからいけなかったんよね』と言ってテツを左手で抱きしめた。そうだわ、私はあの時、『うかつあやまり』をしていたんだ!えらいなあ〜、私?

(画像はカーソルを当ててクリックすると大きく見られます)
2008/02/15
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (4:27 am)






(写真の絵は2008年アクアス大賞の受賞者、幼年の部、小学低学年の部の絵です。説明は要らないですよね。子どもの絵はすごいです。見て下さい。上段左から『ハンマーシャーク』萩原こうせいくん/『さかな』清水真音ちゃん/タコがスミをはいてじぶんの顔についた』熊崎優志くん/
下段左から『クラゲのおともだち』岡本かんなちゃん/『ポッカとカニのにらめっこ』谷口優太くん/『リングのいるか』森下えりなちゃん)












童画展は無事に終了したけれど、まだその余韻があり、毎日の生活がざわざわしている。高角小学校、東小学校、整枝学園の生徒たちから感想文が届いた。アクアス大賞の子どもたちに負けず劣らずの可愛い感想文と絵が描いてあり、相当細かいところまで見てくれている生徒たちが多いものだから楽しかった。東小学校の生徒からは、童画展の時に時間切れで描けなかったサインのリクエストがびっしりと書いてあった。それがまた細かい!『白イルカと男の子と女の子』とか『キツネがサッカーをしているところ』とか、サインと言ったって子どもたちは絵を描いてほしいのだから。めまいがするほどの数。でも子どもたちの喜ぶ顔を思い浮かべると、これがちっとも苦痛ではないのだから、鉛筆がスイスイと動いた。普段の仕事もこれくらいの気持ちで描けるといいな、な〜んて。

写真のプリントアウト。お礼の手紙。まだまだやることはいっぱいある。パソコンにかじりついていた時、ホームページの問い合わせからメールが入ってきた。『佐々木さんをテレビで見ました。つきましては〜』と、そのメールは仕事の依頼だった。テレビ?何のテレビだろ?人まちがいじゃないかなあ?と不思議だった。テレビは苦手。カメラの前に立った記憶が無いのにおかしいなあ〜と。でも、そのことはもう忘れかけていた。

ところが今日のお菓子教室の場でそれが判明した。だいぶん前に『安来のおじ』というシンガーソングライターの方がテレビ番組を持っていて、アトリエに取材に来られたことがあった。放送を見ると私の映りのあまりの悲惨さに(まあ、その通りの顔かもしれないけれど)、その時のビデオは封印していた。番組はロングランとして長年続いているけれど、今までの放送の特集をしていたのだそうだ。それをお菓子教室で一緒に習っている友達が見ていた。
『今までの放送で印象に残った人』というところで、(めぐさんも前に出演したことがあるのに、とうとうめぐさんの名前を言わないなあ〜)と思い、がっかりしていたら、最後の『最も印象に残った人』というところで『佐々木恵未さんです』と言ったのだって。え〜!ほんとに?何が印象に残ったというのかなあ?と聞くと、私の『言葉』だと言っていたとか。覚えていない。そのビデオを見れば分かるけど、その勇気は絶対にないし。私、またエラそうなことでも言ったのだろうか?

『ほんとう?それなら安来のおじのコンサートのときは花束を持って見に行かなきゃね』と言いながらその場を締めくくったけれど、とにかく思いがけないことだった。それにしても、その放送を見た人と貴重な縁が生まれたのだから、運が良かったのかな。

テレビと言えば、朝の連続ドラマ『ちりとてちん』で草原兄さんを演じてる桂吉弥さんも出演する落語会が江津市ミルキーホールで開催された。母が行きたいというので、一緒に出かけた。満席だった!満席はテレビの影響もあるのだろうけれど、落語家たちの『芸』はやはり素晴らしかった。『面白かったねえ』と何度も言う母の顔を見ているだけで嬉しくなった。

私の『芸』には『術』という字が付かない。一生その二文字とは無縁だと思う。私の絵は『うまいなあ』と唸ってもらえる絵ではない。でも楽しいね、とは言ってもらえる。私らしい絵をと言ったってどういう絵が私らしいのかは案外分からないし、もっと努力しなければと思うけれど、子どもたちからの感想文を読みながら、ここしばらくの間はニコニコしていたいなと思う。しばらく、、、のつもり。えへへ。


                 

2008/02/04
カテゴリ : Megu Blog

執筆者: megu (3:20 am)







1月31日。無事に童画展が終了した。
まずは長期の展覧会に関わらず、年末とお正月を除いてずっと開館して下さった今井館長さんと、美術員の月森さんに心からお礼を言います。ありがとうございました。

30日。終了ギリギリに東小学校の3年生、4年生が来場。合わせて50人くらいだから少子化の問題は深刻だけれど、子どもたちはみんな元気そのもの。挨拶を済ませるや否や、『タヌキを描いて』『キツネを描いて』と言ってズラリと並んだのでビックリ!さてはこの前の高角小学校のお友達から聞いたのかな?私は高角小と東小のみんなへの動物の絵をどれくらい描いたのかなあ? とにかくすごい量だ。でもちっとも苦痛ではなかった。タヌキ、キツネ、ウサギ、ワンちゃん、ライオン、キリン、ゾウさんなどをさらさらと描いてみせれば、うわ〜い、すご〜い、と喜んでくれるのだから、絵を描けるのって得だなあ〜。めがねがなかったので殆ど見えなくて困った。めがねがあればもっと上手いよぉ〜と言いたかったわ、実は。
子どもたちはどんな感想文を送ってくれるのだろう。(この一週間前に東小学校の田中校長夫妻が来場。田中校長先生は実は同級生なので、きっとみんなが来られるように努力してくれたのだと思う。)








その日、もとNHKの松井さんが広島から来て下さった。松井さんが定年退職をされてどれくらいたつだろう。思えば私が24歳の頃だ。松井さんはあるお店で私の絵を見て訪ねて来て下さった。すごく興味を持たれたということだった。それ以降、東京での個展にも、今井美術館での個展にも全部来て頂いている。5年前の今井での個展にも大雪の中、広島からバスで来て下さって、有り難いやら申し訳ないやらだった。あれからずいぶん長いこと連絡がなかったというのに、突然、伺いますのでと連絡があった。東小学校の子どもたちを見送り階下に降りると、毛糸の帽子をかぶり、重たそうな紙袋を持った松井さんが、やっとたどり着いたという様子で椅子に座り、館長さんと話していた。
『まあ、松井さん。ようこそ』
屈託のない優しい笑顔は全くお変わり無くて。『松井さん、その荷物、ずいぶん重たそうですねえ』と言うと『メグさんへのお土産ですよ』と言って次から次にいろんなものが!中に俳句集が3冊。松井さんは教育テレビで俳句を担当した時に興味を持たれ、今では自身の俳句集も出しておられる。心にしみる俳句集だ。日本国中を回り、寝袋で寝たりして、山頭火のごとくの生活。頂いた松井さんの句集を見ると、経歴のところに『東京大学、美術史卒』と書いてある。ほう〜、なんてこった!(ごめんなさい。あまりにも山頭火のような自由人の風ぼうで)翌日は思いつくままどこかに寄りながら広島に帰ると言っておられた。感謝という言葉ではとうてい表現出来ないほど嬉しかった。

31日。最後のお客様は1才半の女の子だった。女の子というよりも赤ちゃんに近い。泣きだした時に私の絵を見せると泣き止むのだそうで、叔母にあたる人が抱っこして来られた。可愛いリュックサックを背負った女の子は、やけにじっと絵を見ている。抱っこしてもらっているのは甘えているのではなくて、絵が見えないかららしい。2時間。その子はじっと絵を見ていた。普通はあの年ならぐずりだしても不思議はないけれど。途中でリュックからストロー付きのお茶を出してこれまた静かに飲んでいて、淑女のよう。ここにいなさいと言うと1日でも大丈夫な感じなので思わず笑う。最後のお客様としては最高のお客様だった。

何とも言えない充実感が身体中に広がっている。ありがとうと何百回言っても足りない。最後に天国の父とテツへ。見守ってくれてありがとう。そして、元気に毎日サポートしてくれた母に心からありがとう。


                

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